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奈良時代~平安時代に伝来したものは米の粉などを衣にしたものであり[2]、その後鎌倉時代には精進料理、16~17世紀には西洋のフリッター様のものが伝来した(平田萬里遠の『近世飲食雑考』によると、17世紀末にポルトガルから伝来した料理であるとされる[5])。

「てんふら」という名称で文献上に初めて登場するのは1669年(寛文9年)の『食道記』であるが、「油で揚げる」という手法を用いた料理法は既に精進料理や卓袱料理などによって日本で確立されていたため、そうした料理の技法も天ぷらの起源に関わっている。それらの揚げ物料理と天ぷらの混同によって古くから起源・語源に混同が見られる原因となっている[5][6]。

今日、日本の東西で「てんぷら」と言ったときに指すものが異なる場合があるのもこのためで、江戸文化圏では小麦粉を衣として纏わせ揚げたものを指したが、上方文化圏では魚のすり身を素上げしたもの(現在のじゃこ天や薩摩揚げに相当)を差した[7]。現代の天ぷらの料理法とほぼ同じものが詳細に明記された文献としては1671年(寛文11年)の『料理献立抄』や、1748年(寛延元年)に刊行された『歌仙の組系』などがある[5]。

この天ぷらの形が出来上がった江戸時代前期は、「天ぷら屋」と呼ぶ屋台において、串にさした揚げたての天ぷらを立ち食いする江戸庶民の食べ物であり、屋台ではなく天ぷら店として店舗を構えるようになったのは幕末近くであった。

大阪に天ぷらが伝わるのは明治であり、その後大正時代の関東大震災において職を失った職人が各地に移り江戸前の天ぷらを広めることとなった。






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