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Judas / Lady Gaga

レディーガガが今回掲げた表題はキリストを裏切ったイスカリオテのユダ。
キリスト教を非難する結構挑発的な歌詞には賛否両論があるようで本国では受け入れられぬといった意見も多い。ちなみにガガは様々なメッセージを歌詞にするために自らカトリック教会を脱退した様子。宗教を信じて生きていくという概念が全く無い日本人からすれば大したことの無いように思えるかもしれないが幼少のころからキリストの教えを叩き込まれている熱心なキリスト教の信者からすると両親を捨てるような感覚だと思われます。それにしても一人の小さな女性が世界最大宗教を巻き込むほどの歌を次々と創りあげるというのは恐ろしいですね。

「アレハンドロ」以降、毎度話題となるレディー・ガガとキリスト教の関わりについては「まず最初に言いますが、私はクリスチャンだし、私のキャリアは私の人生で神様が存在することの証拠となっています。ほとんどの人はガガと神への冒涜を結びつけて、騒ぎ立てる事を前もって考えていると思います。そんな人達はこの曲のメッセージがいかに大きな意味を持ち、革新的であるか、いかにこのメッセージが正しい理由の名のもとに、人を解放させるかを知る事になり、大きな衝撃を受けるだろうと思います。本当に世界に衝撃を与えることになりますよ」と語っている。

「ちんちくりん」の母がプロテスタントなので幼いころから毎週教会に通っては難解な聖書を聞かされた記憶があるが現在個人的には無宗教。ちなみに楽しく美味しく美しく前進あるのみが「ちんちくりん教」(笑)実際には北斗の拳に出てくる南斗鳳凰拳伝承者聖帝サウザーの「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!」といきたいところであるが世間はそんなに甘くない(笑)ちなみに北斗の拳にも南斗六聖拳「妖星」の男「ユダ」が登場する。聖書を元にしたのかは不明だが近年のアニメには新世紀エヴァンゲリオンなど聖書を題材としたものも多く見かける。話を元に戻そう(汗)

とにかく聖書に触れたことがない人間には最近のGAGA歌詞は全くと言って意味を理解することが困難だと思われる。聖書には皆さんもよく聞きなれている旧約聖書と新約聖書の2種類があり、それぞれユダヤ教の聖書を旧約と言い、キリスト以降のキリストの言葉や奇蹟を弟子達がキリストの死後書いたものを新約聖書と称している。とにかくJudasについては様々なサイトでも書かれているが聖書以外にも「ユダの福音書」「マリアによる福音書」「ペトロによる福音書」といった専門的知識が無ければさっぱり意味不明。もちろん毎週教会に行っては子供時代に聖書の授業を適当に聞いていた「ちんちくりん」程度のキリスト教の知識ではJudasは全く意味不明。ということでとにかく手元にある資料やネットで調べた結果が以下のとおり。あくまでも現在の「ちんちくりん」知識内での解釈なので間違いに関してはお許し下さい。。。尚、この歌で重要的な意味を持つユダの福音書ですら2006年に85パーセント程度が復元された解釈でしかない。

さて、とにかく知らない人は混乱するがユダは2人いる。一般的に裏切り者のユダは「イスカリオテのユダ」といわれており別に通称「タダイ」と呼ばれるユダもいる。どちらもイエスの弟子でレオナルド・ダ・ビンチの最後の晩餐(有名な壁画)には両方が描かれている。

まあ、簡単に言えばこの歌に含まれたメッセージは同性愛者を苦しめるなということ。GAGA風に言えば「性別関係なく皆仲良くハッピーに生きて行こうぜ↑↑↑」だ。キリスト教を全面的に批判するのではなく「時代に沿った教えを」といいたいのであろう。まあ、普通に考えて2000年も前の教えが現代社会に完全に沿うわけでは無く時代によって柔軟に考えることが普通だと思われるが熱心なキリスト教徒には聞き入れられないことを不満に思っている人間が数多くいることを歌っている。

もう少し詳細に説明すると「汝、姦淫するべからず」の解釈にはカトリックでは「性行為は受胎のためだけにある」との大原則なのでゲイや同姓愛は重罪であると考えられ忌み嫌われている。また、子孫繁栄のため以外の性交渉を否定し「積極的な避妊」も禁止。エイズから身を守るためのコンドームさえも、2010年11月12日にローマ教皇ベネディクト16世が教皇として初めて、「コンドームを使用することは、エイズの蔓延を食い止めるために時に正当化されうる」として、コンドームの使用を限定容認することを近年まで大きく否定していた。無宗教が多い日本人にはなかなか考えられないのかもしれないがSEXによる快楽は表向きには大きく否定されているわけだ。以前より解説はしているがGAGAは同性愛者を支持しており彼らへの差別に対し多くのメッセージを歌い続けている。もともとガガは熱心なカトリック教徒だったので「イエスは隣人や敵を含めたすべての人間を分け隔てなく愛するよう」にと説いているのに「なぜゲイや同姓愛は重罪で、昔にはなかった現代人類の脅威であるエイズウイルスで命を落とす人が多い近代社会になぜコンドームを禁止するの?おかしいじゃない??」いう不満をメッセージにして歌っているわけだ。日本の戦国時代でも戦に女性を連れて行けるわけが無く代りに小姓を連れて行ったのはごく普通の事。よく話に上がる織田信長と森蘭丸なんかも本当かどうかは別として同じこと。当時は仕方なく男と性交渉をもったのかもしれないが近代社会においては確かにGAGAの言い分は間違っていないと思う。性同一性障害なんかも普通の時代なんだから。

ユダの裏切りでは「耳もとで悪魔が囁いた」という表現があり歌詞にある「wear ear condorm、、、つまり耳にコンドームをつけて自分を守って」と皮肉って書かれている。ユダヤ教の祭祀長に金貨?銀貨30枚(どちらか不明)でイエスを十字架刑に導いた人物が「ユダ」が金貨の入った袋を持った表現は聖書に記述されていてキリスト教徒はユダを裏切り者として忌み嫌っている。ユダの裏切りにより十字架刑拷問の末「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と罪状に書かれイエスは十字架の上で殺されたのだが、この王というのが歌詞にある「A king with no crown, king with no crown」であり冠の無いユダヤ人の王という意味です。その後「ユダの福音書」が見つかり、イエスの処刑はユダの裏切りではなく、初めからすべて知っていたイエスの指示によると書かれていたようです。

ユダの最期は使徒言行録でペテロが言及しています。「ところで、このユダは不正を働いて得た報酬で土地を買ったのですが、その地面にまっさかさまに落ちて、体が真ん中から裂け、はらわたがみな出てしまいました。」新約聖書 使徒言行録1章18節より

まあ、ユダがいなければキリストは処刑されることも無かったわけで、処刑されていなければ救世主にもなれなかったということは、ユダは実際には正しい事をしたのだと解釈できますがそれを巧みに歌詞として表現したのではないかと思われます。

ちなみに福音書は沢山あります。福音書とはまあ簡単に言えば教えですね。通常は新約聖書におさめられた福音書記者による四つの福音書「マタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書」を意味するがその他の外典として「トマスによる福音書、フィリポによる福音書、ペトロによる福音書、マリアによる福音書、ユダの福音書」がある。

ちなみにアニメなどで有名な「エヴァンゲリオン」は福音の意味で勝利の伝令のような戦争の勝利や出産などといった喜ばしいことを伝える手紙の事。

通常メッセージというものはそれほど世に浸透することは無い。だが、歌詞にすることで音程や音の強弱により様々なニュアンスを含めることが出来るために強く印象が残るものとなる。


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